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福岡地方裁判所 昭和30年(ワ)663号 判決

原告 日本コロンビア株式会社

被告 藤崎親義 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告等は原告に対し別紙目録〈省略〉記載の物件(以下本件物件という)を引渡せ、被告等が右引渡をなすことができないときは、被告等は原告に対し金三〇八、五一〇円及び之に対する本件訴状送達の翌日以降完済まで年五分の金員を支払え、訴訟費用は被告等の負担とする」旨の判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、請求原因として、

一、被告藤崎親義は訴外田中勝彦に対する福岡法務局所属公証人田中園田作成第五二、七七四号公正証書の執行力ある正本に基く強制執行を福岡地方裁判所所属執行吏たる被告池田義郎に委任した。

同被告は右委任に基き昭和二八年一一月一二日福岡市六本松五六一番地訴外田中勝彦方において本件物件を差押えた。

被告日の出興産合資会社は福岡法務局所属公証人松井善太郎作成第八三、四九二号公正証書の執行力ある正本に基き前記被告池田執行吏に執行委任をし、同被告は同日同所において本件物件につき照査手続をなした。

二、しかるに右物件は訴外田中勝彦の所有ではなく、同人が代表者である訴外東洋電器株式会社の所有にかつて属していたものであるところ、原告が右会社に対する金八四九、六〇三円の約束手形金並びに売掛代金債権の一部代物弁済として昭和二八年一一月四日同会社から譲渡を受けて所有権を取得したもので、たゞ当時同会社の整理に当つていた山下勝海にこれを保管させていたものにすぎない。

三、そこで原告は被告藤崎親義、同日の出興産合資会社を被告として福岡地方裁判所に、右強制執行に対する第三者異議の訴を提起した。右訴訟は同裁判所昭和二八年(ワ)第一、二四八号事件として係属審理の結果昭和二九年九月一日原告勝訴の判決が言渡され、右判決は確定した。

よつて原告は同年同月二五日差押解放手続を経て被告池田執行吏に対し本件物件の引渡を求めたが同被告は之に応じない。

四、元来執行吏は執行債権者の委任により有体動産に対し差押えをなしたときは、じ来右差押物件につき善良なる管理者の注意を以て之を保管する義務を負うものである。特に本件におけるが如く、被差押物件が第三者の所有に属するとして第三者異議事件が提起された場合、執行債権者が実際上はとも角理論上は差押物件の保管方法につき執行吏に注文をつけうるのに反し、第三者は強制執行の停止を求めうるに止まり、第三者異議事件の確定に至るまで被差押物件の保管方法につき執行吏に申出ずる手段を有しないのは勿論、その所在の有無につき之を点検して貰う機会を与えられていない。してみると、執行吏の前記保管義務はゆるがせにできないものであつて、第三者が第三者異議事件の勝訴の確定判決に基き差押解放手続を採つた以上、執行吏は前記保管義務を解かれ被差押物件を右第三者に引渡すべき債務を生ずる。以上の理由に基き原告は被告池田執行吏に対し、右債務の履行として本件物件の引渡を求める。

被告藤崎親義、同日の出興産合資会社は、その委任によつて池田執行吏が本件物件を占有していたものであるから、被告池田執行吏に対すると同様の理由により原告に之を返還する債務を負担するものであるから、同被告等に対し之が引渡を求める。

五、もし被告等において右引渡ができないときは、履行に代る損害賠償として之が時価相当の金三〇八、五一〇円の支払を求める。

と述べた。〈立証省略〉

被告藤崎親義、同日の出興産合資会社訴訟代理人並びに被告池田義郎はいずれも主文同旨の判決を求め、答弁として、

右被告両名訴訟代理人は、請求原因中第一項の事実は認める。第二項の事実は知らない。第三項の事実中前段は認めるが、後段は知らない。第四項後段第五項の主張は否認する被告等は原告主張の如く被告池田執行吏に差押を委任したゞけで、本件物件を占有しているものではなく、したがつて引渡の義務もないと述べ、抗弁として(イ)仮りに被告等において本件物件が原告の所有であるから強制執行が許されないとしても、訴外第一商事株式会社において未だ本件物件に対して強制執行中であるから、被告等において之を引渡すことは不可能である。(ロ)また、引渡義務ありとしても、引渡すべき相手方は原告ではなく、債務者たる田中勝彦であり、原告は同人より引渡を受くる権利あるに止まる。

被告池田義郎は、第一項の事実は認める、第二項第三項前段の事実は知らない。第三項後段の事実中原告がその主張のように解放手続を経た事実は認めるが、被告が本件物件の引渡に応じない事実は否認する。本件物件は差押中何人かに処分されて現在既に存在せず引渡不能である。第四項前段第五項の主張は否認する。

と述べた。〈立証省略〉

理由

請求原因事実中第一項については当事者間に争なく、第三項前段については被告藤崎、同日の出興産合資会社と原告間においては争なく、原告と被告池田との間においては弁論の全趣旨により認められ第二項は成立に争ない甲第二号証証人菊次利夫の証言により認められる。

そこで、本件の争点は、被告藤崎及び同日の出興産合資会社が債務名義の執行力ある各正本に基いて被告池田執行吏に差押を委任し同被告は右委任に基き有体動産たる本件物件に対し差押及び照査手続をなしたところ、右物件は第三者たる原告の所有なることが原告と右執行債権者間に判決により確定し、差押解放手続がなされた場合、差押をなした被告池田執行吏及び執行債権者たるその他の被告両名は差押物たる本件物件を債務の履行として所有者たる原告に引渡さねばならぬかどうかにある。すなわち、原告は被告等の右債務あることを前提として、之が履行を求めて本件物件の引渡を求めると主張するから検討する。

(イ)  債権者が執行吏に差押を委任したときは、執行吏は債務者の占有にかかる有体動産を差押える。その差押は勿論債務の占有するその所有物に限るのであるが一応占有にかかるものはその所有に属するものと推定せられるから、債務者の占有物に対する差押は一応適法である。その際債務者なり第三者が該物件が第三者の所有なることを主張しその主張に添う証拠を提出したのにかかわらず、債権者なり執行吏がそれを何ら顧慮せず差押を強行した場合には、該執行債権者又は執行吏に不当差押という不法行為が成立する場合がある。

(ロ)  次に、差押は執行債権者のため差押物件に対する債務者の処分権能を奪つて之を国家に収納する権力的行為であるが、執行吏はその差押を実現する方法として、差押物件に対する債務者の事実上の占有を奪つて自己自ら之を保管占有するを原則とし、例外的に債権者の承諾あるとき又は其運搬をなすにつき重大な困難があるときは債務者をして保管させるものを、法律のたて前としている。

以上いずれの場合も執行吏は差押物件に対する公法上の占有を取得するが、唯後者の場合は、保管を命ぜられた債務者も執行吏の公法上の占有と併存して私法上の占有を失うわけではない。しかし、執行債権者はいかなる意味においても(たとえば執行にあたり執行吏に対し差押物件を指示したときといえども)差押物件に対する占有を取得するものでもなく、したがつて之につき保管義務を負担するものでない。したがつて執行債権者たる被告藤崎、同日の出興産合資会社が差押物たる本件物件に対しその占有を有し之が保管義務を原告に負担することを前提とする原告の同被告等に対する請求はこの点において既に理由がないから棄却を免がれない。

(ハ)  ところで、執行吏は差押の方法として自ら占有した場合は勿論のこと、債務者保管に任じた場合といえども、単に法の要求する「封印其ノ他ノ方法ヲ以テ差押ヲ明白ニ」したゞけで能事おわれりとするものではなく、差押物の保管維持につき能う限りの注意を払う義務があること当然である。それは執行吏が国家機関として国家の執行権力を行使する権限に対応する公法上の義務である。しかし、この義務は執行債権者又は差押物の所有者たる債務者又は第三者に対する私法上の債務ではない。執行吏は有体動産の差押によつて債権者、債務者又は所有者たりと主張する第三者との間に差押物件につき之が保管に関する債務関係に立つことはない。しかして、いかなる場合執行吏が右保管義務を尽さなかつたといえるかは、諸般の事情にかかる事柄であるが、右義務懈怠によつて差押物件が滅失毀損し第三者に損害を与えた場合は国家賠償法により国家が、右執行吏の不法行為につき賠償責任を負うことになる。

(ニ)  債権者は執行吏の差押方法が適切でないとする事情が判明したときは、執行吏に申出でゝその変更、改善ないし適当な処置をを求めることができ、執行吏が之に応じないときは執行方法の異議によつて是正を求めることができる。しかして、このことは差押物件の所有者たることを主張する第三者においても同様である。第三者は何らこのような処置を求めたり異議申立ができないとする原告の主張には賛成できない(仮処分の執行に関するものではあるが、大審院昭和三年一〇月三一日決定民集七巻一一号八八二頁参照)

(ホ)  第三者が差押物に対する第三者異議事件の勝訴確定判決を得、右判決の執行力ある正本を執行吏に提出して差押の取消を求めたときは、執行吏は既になした差押を取消さねばならない。差押の取消は、差押以前の状態に戻すことであるから、差押物を自ら占有する場合は之を差押の相手方の占有に復すべく、債務者保管に任じていた場合は、債務者に対し差押を解く旨を伝え、既になしていた封印その他を除去すべきである。尤も、前者の場合執行吏が差押物につき右第三者の引渡請求にかかわらず之を引渡さないときは第三者は所有権に基き之が返還を請求しうることになる。しかし、それは所有権に基く物上請求権であつて、第三者の執行吏に対する債権に基くものではない。

以上説示の理由により被告等が原告に対し本件物件を引渡すべき債務を負担することを前提し、之に基きその引渡を求め、又は之に代る損害賠償を求める原告の本訴請求はその他の点につき判断するまでもなく理由がないこと明らかであるから、失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 亀川清)

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